孔辺細胞

植物の成長や環境ストレス応答に関わる分子メカニズムの解明

植物は動物と異なり、発芽したあとは基本的に移動することができないため、光・温度・湿度など刻々と変化する環境に自ら適応する高度な仕組みを備えています。私たちは、こうした外界の刺激がどのように細胞で認識され、情報として全身に伝達されるのか、その分子メカニズムの解明を目指しています。例えば、光合成や蒸散を調節する孔辺細胞は、光・温度・湿度植物ホルモンによって開閉がダイナミックに制御されます。植物個体全体の環境応答だけでなく、特定の細胞にも焦点を当て、遺伝子発現解析や生理学的実験を組み合わせることで、環境シグナルに対して植物が細胞機能や代謝を変化させ、最終的に自己の成長やストレス応答を調節しているのか解明することを目的としています。

植物ホルモンの代謝およびシグナル伝達の解明

植物ホルモンは、植物の成長を制御し、環境変化に適応するための重要な“シグナル分子”として機能します。光・温度・水・病害・栄養状態の変化など多様な外部刺激を細胞内の生理反応に変換し、全身の成長やストレス応答を統合的に調節します。私たちはその中でも、乾燥ストレス応答を制御する植物ホルモン「アブシシン酸(ABA)」に注目し、ABAの生合成や不活性化に関わる酵素遺伝子の機能解析を進めてきました。さらに、ABA受容体と下流因子群によるシグナル伝達機構を分子レベルで解析し、ホルモンの代謝とシグナルが連携して環境応答を精密に制御する仕組みの解明を進めています。また、栄養応答に関与する植物ホルモンや新規ホルモン候補分子の探索・機能解析にも取り組んでおり、総合的な植物ホルモン分析を通じて、植物の生理応答や形質と植物ホルモンとの関連性についても研究を進めています。

節水型耐乾性コムギ比較写真

作物分子育種(耐乾性低肥料型・高収量作物の創出)

地球規模の気候変動や資源制約の深刻化により、乾燥や高温などの環境ストレスに強く、限られた水や肥料資源でも安定的に生産できる作物の開発が求められています。私たちは、植物ホルモンや環境応答の分子機構の理解を基盤として、耐乾性および低肥料適応性を備えた作物の分子育種に取り組んでいます。世界の重要穀物であるコムギを中心に、水利用効率(WUE)の向上や、窒素(N)およびリン(P)の利用効率を高める遺伝子の探索と改良を進めています。世界的に水資源の枯渇や干ばつリスクが拡大する一方で、過剰な肥料投入はN・P循環のプラネタリーバウンダリーを超過させる要因となり、環境への負荷をさらに増大させています。私たちは、トランスクリプトーム解析、プロテオミクス解析、QTL解析、GWAS、ゲノム編集を駆使し、気候変動・水資源・肥料制約という課題を克服する次世代型作物の創出を目指しています。

受容体と化合物CG画像

植物の成長やストレス応答を制御する化合物開発

植物の成長や環境応答を人為的に制御する化合物を開発することは、基礎研究における重要なツールとして利用できるだけでなく、作物の生産性向上や環境適応力の強化にもつながる新しい研究領域です。私たちは、植物ホルモンの代謝やシグナル伝達に関する研究で得られた知見を基盤として、ホルモン作用を精密に制御する化合物の創出を進めています。これまでに、アブシシン酸(ABA)不活性化酵素CYP707Aの阻害剤やABA受容体に作用するアゴニストおよびアンタゴニスト化合物を開発してきました。ケミカルスクリーニングや構造生物学的解析に加え、有機合成化学者との連携によって新奇化合物の開発を進めています。これらの研究を通じて、植物の環境応答を化学的に制御する手法を確立し、環境変動に対応した持続可能な農業への応用を目指しています。